| ■共育塾の勇退&感謝の会③ |
| 講演会スピーチで私が話した“共育塾誕生に携わった方々”5人について、触れておきたいと思います。58年にわたる私の仕事人生で、「私の価値観」に多大な影響を与えた5人でもあります。 彼らとの出会いがなければ、私が「共育塾」を創設することもなかったと断言できます。 |
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| *平田耕也氏 :1981年(36歳で台湾出向中の最後の年末)に熊本の実家に立ち寄った時に、平田機工・平田社長の車で平田機工本社や複数の工場を案内してもらいました。これが縁で、私は翌年の春に当社に入社しました。ちょうど当社が世界初のスカラ型ロボットを開発し事業化を始めた頃、事業化に向けてロボット工場新設計画をしている時期で、電子機器工場(ロボット&電子機器の製造)責任者として入社し、地元熊本での新たな社会人人生が始まりました。 |
| 前職の時は“自分の思い通りになる現実”を繰り返し経験していたことで、(今思うと慢心していたこともあり)当社の体質革新に挑戦しては“自分の思い通りにいかない現実”に何度か遭遇し挫折しかかったこともありました。藁にもすがりたい思いで、高額な自己啓発「SMI」プログラムを購入し早朝勉強会にも積極参加して、3年間ほど実践する日々を送りました。ちょうどその頃に出会った本「にんげんだもの」(相田みつを著)の中の言葉『つまづいたっていいじゃないか、にんげんだもの』を眼にしたことで、一瞬で肩の荷が下りたことがありました。まさに“自己意識改革”を経験しました。 |
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| あることを契機に、平田社長に直談判して要求が通らずに49歳11ヶ月で会社を辞めました。その後暫くはいろいろありましたが、ワダカマリも溶けて共育塾立ち上げ時も、積極的に協力いただきました。共育塾5期生との会食懇談も計画までしましたが、体調を崩されて急逝され、平田社長の絶筆『共育塾5期生の皆さんへ』が、共育塾生へのメッセージとして、今後も伝え続けられることになりました。 | ![]() |
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*立石一真氏 :平田機工入社2年後(1983年)に、制御部品(センサー、シーケンサー)の大量購入先であるオムロンから、“オムロン創設50周年”の記念品をいただいた中に、オムロン創業者・立石一真氏のメッセージ「未来社会への視点」がありました。読んでみた時に、彼が未来学会で発表した「SINIC理論」(1970年)のことを知り、時代の先見性に驚かされました。当時パソコンやインターネットも存在しない高度経済成長期に提唱され、情報化社会の出現や21世紀前半までの社会シナリオを予測したもので、「科学・技術・社会が相互作用しながら循環的に進化する未来予測理論」には、本当に驚かされました。現在は“創造と破壊が交錯する”最適化社会(2005~2024年)が過ぎて、自律化社会(2025~2032年)に入ったところにあり、原始社会から1サイクル過ぎた自然社会(2033~)に入ることになります。ヒューマンルネッサンス研究所の中間氏は「自然社会以降の未来予測理論は、今からの時代を創っていく次世代人材に委ねたい」と述べています。立石一真氏は、熊本・新町出身で我が故郷・山鹿に事業拠点・オムロンR&Dを設けています。熊本市の熊本駅近くにある六角堂観音にもお墓(分墓)があり、オムロンの寄付によって建てた六角堂には彼の信条・信念である「最もよく人を幸福にする人が最も幸せになる」も記銘されています。 |
| 次回に3人の方々との御縁を紹介します。 |