| ■次世代へのバトンタッチ ②私の価値観を揺さぶった6人 |
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| 多くの方々との御縁で今の私があります。その中でも“私の仕事人生を通して、最も「私の価値観」を揺さぶった方々6人”の紹介から始めることにします。この方々には、私にたくさんの刺激と気づきを与え育ててくれたことに、心から感謝しています。 |
| ① 平田機工の故平田耕也会長 :1981年、私が36歳の時に出会いました。「何がビジネスになるか分かるか?」と聞かれて答えられませんでした。「“顧客が困っていること、助かること”だよ」と教えていただきました。その翌年春から当社に入社して13年間お世話になりました。対話の中で受けたカルチャーショックは数知れません。脱サラして企業支援をやっていくうちに、会社員の時は理解できなかった会長の言葉も、いろいろ理解できるようになりました。共育塾立ち上げに際しても、会食懇談でお世話になり、共育塾のプラスワンのトップに「平田耕也氏の起業家精神」の話をするようにしています。亡くなる3日前の「共育塾5期生の皆さんへ」が会長の絶筆になりました 。 | ![]() |
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② オムロン創業者の立石一真氏(熊本市新町出身):平田機工在職時に、オムロンは制御機器のメイン納入をしており、オムロン50周年記念(1983年)記念でもらった立石一真氏寄稿「未来社会への視点」を読んで、「未来予測SINIC理論」の内容が書いてあり、時代の先見性に驚かされました。発表55年後の現在もSINIC理論は“オムロン経営の羅針盤”となっています。立石一真氏の生き様を深堀り研究したこともあり、共育塾のプラスワンの2番目に「立石一真氏のSINIC理論」の話をするようにしています。直接お目にかかることはなかったのですが、直接薫陶を受けた方々から、オムロン創業者の生き様も学ばせていただきました。 |
| ③ 天神塾の星崎治男氏 :元三井物産九州支社長で、2004年に九州経産局が新連携事業・九州モデルを民間人と3人で策定しました。その時に経産局から私にも声がかかり、民間人3名(中核人材が星崎氏)が招集されました。星崎さんの突飛な言動・判断に振り回され、「格の違い」を実感すると共に多大な刺激を受けて 以来、継続的に交流し教えを乞うてきました。天神塾塾長・星崎さんの助言もあり、共育塾を企画・準備1年、2007年に立ち上げました。そして天神塾の兄弟塾として共育塾1期生の時から会食懇談などで全面協力(入塾式・修了式での来賓祝辞も)いただいてきました。私にとっては同志的存在でもあります。 | ![]() |
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④ 電通大特任教授の竹内利明氏 :2000年に中企庁・中小企業支援センター事業の委員会に出席した時(IM養成研修講師や中企庁委員会など月1、2回上京の頃)に、 石井係長の紹介で竹内さんと出会いました。「熊本に行くので会いませんか?」と連絡があり、来熊時に長時間意見交換し意気投合して以来、ビジネス支援図書館推進活動や元気企業・同行訪問を毎年実施(訪問企業数80社超)しました。星崎さんと同様に共育塾 1 期生から会食懇談などで全面協力(入塾式・修了式での来賓祝辞も)していただいてきました。私にとっては星崎さんと同様に同志的存在でもあります。 |
| ⑤ 山下経営研究所の山下康明氏 :将来計画なしに平田機工を退職、中小企業診断士(鉱工業部門)の資格取得を決めた時、中小企業診断協会熊本県支部の山下支部長に飛込み相談に行き、「診断士の資格を取るつもりです。資格が取れたら、よろしくお願いします」「なにか収入源はあるの?」「今のところありません」と話したところ、後日「某協会で製造業に詳しい人材を探しており、あなたを推薦した」とのありがたい話。高年齢者雇用アドバイザーを委嘱を受け、一つの収入源を作ってくれました。診断士資格取得後は、協会の研修事業や行政の仕事なども紹介いただき、おかげで個人事業がスムースに立ち上がりました。山下先生とは同じ製造業出身で価値観も似ており、長年御指導いただき心から感謝しています。 | ![]() |
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⑥ 山本経営研究所の故山本博一氏 :中小企業診断士(鉱工業部門)の2次試験を合格し、1998年に福岡での企業現地実習を行った時の先生でした。ものづくり企業に詳しい実践的な知識・経験・スキルを持った方で、素晴らしい御縁を得ることができました。資格取得後も2年間山本先生オフィスでの山本勉強会に欠かさず出席。その後も熊本の企業支援に来ていただいたりと、継続的に懇意にしていただきました。共育塾立ち上げ時から「企業における諸々の経営課題と問題解決能力」の講義を担当してくれました。診断士活動の恩師であり同志的存在です。 |
| 次回は「③主導した集団化・仕組み化で生き残ったもの」について述べていきます。 |