●福岡伸一の 「動的平衡」 ①

数年前にテレビ番組で青山学院大・福岡伸一教授(生物学者)の話を聞いて以来、非常にユニークな存在である一方、分かりやすい話し方をする人だと感じており、折に触れて新聞雑誌やテレビに彼が出ている時は、極力見るようにしている。彼はいつも思考の原点に「動的平衡」という概念をもって話をしている。



『生命とは「動的平衡」である』というのが福岡伸一の考える生命観である。
「生物とは、パーツからなる静的な機械論ではなく、細胞の分解(破壊)と合成(創造)を絶え間なく繰り返しながら、個体として留まっている動的な平衡状態」のことと表現している。
人間の体も、一年も経てば、脳も心臓も骨も、分子レベルでは新たに置き換わっているが、もちろん「私」はそのまま保たれている。すっかり「私」を構成するものは入れ替わっているのに、「私」は私のままである。
この生命観には源流があり、1930年代後半に活躍した生物学者ルドルフ・シェーンハイマーが提唱した「ダイナミック・イクイリブリアム(dynamic wquilibrium)」を日本語で「動的平衡」と訳し、この概念を基軸にして自説を展開している。
「変わらないために絶え間なく変わる」という、一見、逆説的にも思えるこのバランスこそが、生命の本質であると説いている。
古代ギリシャの「万物は流転する(ヘラクレイトス)」や『方丈記』の「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず(鴨長明)」のように、古くから言い継がれてきた考え方でもある。


人間の文明は、「本来の自然:ピュシス/観念論」に加えて、「脳がつくり出した自然:ロゴス(言葉・論理・理性)/実在論=ある種の虚構」を発見したことで発展してきた。
ロゴスの本質は論理性、効率性、生産性そしてアルゴリズムによって達成される最適解で、我々が AI を使って求めようとしているデジタル世界の方向である。
そしてこれが行き着く先は、完全にコントロール(制御)された我々の暮らしであり、「究極のロゴスの神殿(デジタル化)」であるが、それはピュシス(自然現象や人間)としての「我々の生命のあり方(アナログ)」を完全に損なってしまうものでもある。
従って我々人間は「デジタルとアナログの融合」によるバランスの取れた社会で生きていくことが大切であると考える。

AIは、ロジックでつくられたアルゴリズムを超高速に廻し続けているコンピュータにすぎない。人間とAIが違うのは時間の捉え方にある。
AIの中で流れている時間は「点」でしかない。蓄積された過去のデータをもとに、論理的に選んだ現在という点があり、さらにその現在も、過去のデータとなり、計算された最適な未来の(点)を捉えている。
「パラパラ漫画」は、1枚1枚に微妙に変化をつけた絵を連続で見ると、まるで動いているように見える漫画、即ちアニメーションである。AIがみている世界はこのパラパラ漫画である。瞬間・瞬間の一枚の原画を取り出し、そこに描かれた世界の因果関係や仕組みをロジカルに理解することはできる。ところが自然現象や人間は「パラパラ漫画」とは違って、ロゴス(論理)だけでは捉えきれないことが起きている。この相違を理解しておくことが、全ての出発点になると思う。
「動的平衡」について、知れば知るほど、自然や人間に関する本質的なものが繋がって行くように感じている。