■哲学を考える① 出口治明著「哲学と宗教全史]
最近、哲学に興味や共感を持ち始めている。
最近は書籍購入や新聞・雑誌記事、ウェブ関連でも、哲学関連情報がフックにかかるようになっている気がする。
そこで、哲学関連のコラムをシリーズ掲載するようにしたい。

以前のコラムで採り上げたことがあるが、哲学に興味を持つキッカケは、昨年後半に新聞の広告欄で「哲学と宗教全史」(出口治明著)という本が目に入ったのが始めかもしれない。
まだ読みかけの状況であるが、著者・出口治明氏のインタビュー記事の中で、気になった部分を書いておく。

<なぜ哲学と宗教を同時に学ぶ必要があるのか?>
現在の多様化・複雑化した時代は、知識があまりにも細分化されていて、全体の流れや枠組みがどうなっているのか、分かりにくくなっている(部分最適思考)。哲学と宗教を同時に学ぶのは、世界を丸ごと理解するため(全体最適思考)である。これらを学ぶことにより「時代を超えた本質」が分かる。 ⇒著者は「木を見て、森を見る」思考が必要と説いている。
宗教は古代ペルシャのゾロアスター(BC10世紀)から、哲学は古代ギリシャのターレス(BC6世紀)から始まっており、人類の長い歴史をひも解いてみると、世界を丸ごと理解しようとチャレンジした無数の哲学者・宗教家がいたことに気づかされる。哲学と宗教は、方法論に違いはあっても、どちらも「世界のすべてを理解しよう(真理の探究)」というところからスタートしており、不即不離の関係にある。その中で、哲学も宗教も普遍性のあるものが現代まで生き残ってきていると考えている。

卓抜した頭脳を持った一部の人たちが、世界や、人生や、死後の世界に関する概念をつくり出して、人生の生きる寄(よ)す処(が)としてきた。
それが哲学や宗教になっていった。
その根源的な問いは2つ  
①世界はどうしてできたのか? また世界は何でできているのか?
②人間はどこから来てどこへ行くのか? そして何のために生きているのか?

人間にとって、外部世界への興味や疑問として「問①」を、内面世界への興味や疑問として「問②」を探求したいと考えて、その真理を追究してきたと言えるのかもしれない。
この問いに対して答えてきたのが宗教であり、哲学であり、自然科学である。

人間の脳は1万2千年前から、全く進化していない。苦しんでいる世界中の人々を丸ごと救おうとした偉大な先達たちの思想や事績は、必ず役に立つはずである。考える力を身につけたければ、最初は誰かの真似をして、考える型や発想のパターンを学ぶ必要がある。だとしたら、ビジネス書を書いた人よりもプラトンやアリストテレスのような超一流の脳みそに鍛えてもらったほうがいいのではないか。



自分がライフネット生命を起業する時にも、生保に関わる知見や技術的なノウハウなどではなく、人間の生死や種としての存続に関わる哲学的、宗教的な考察がむしろ役に立った。
日本では初の学長国際公募により推挙されてAPU(立命館アジア太平洋大学)の学長に就任したが、人生の節目節目において哲学や宗教に関わる知見にずいぶんと助けられてきた感じがする。そうであれば、哲学や宗教の大きな流れを理解することは、間違いなくビジネスにも役立つと思う。

なお著者は「旅と読書をこよなく愛し、訪れた世界の都市は1200以上、読んだ本は1万冊を超える」と常人離れしており、「現代の知の巨人」と称されている。