■サル化する社会②

前回に続き、文春オンライン『内田樹インタビュー「サル化」が急速に進む社会をどう生きるか?』から
要約転載。
https://bunshun.jp/articles/-/35353

4.政治家の変質

近年、とみに政治家が平気で嘘をつくようになっている。嘘の答弁を並べたて、フェイクニュースを垂れ流すのも、また時間意識の縮減があると思う。
Honesty pays in the long runということわざがある。「長期的に見れば、正直は引き合う」という意味だが、それは逆に言えば、「短期的に見れば、嘘は引き合う」ということでもある。だから時間意識が縮減して、「短期的に見る」ことしかしない人間にとっては「嘘をつくことの方が引き合う」と考えているようだ。
ドナルド・トランプは100年単位の長期的なスパンでとらえたら、米国史上でもっとも愚鈍で邪悪な大統領として歴史に名を残すであろう。長期スパンで見たときに、アメリカの国益を大きく損なった人として世界史に記録されることは確かだが、短期的に見れば大成功している。ファクトチェックによると、就任からすでに1万以上の嘘を重ね、フェイクニュースを垂れ流したことによって成功している。「嘘は引き合う」の最も説得力のある事例である。
約束を守るとか、隣国との信頼関係を構築するのは、短期的にはコストがかかるかも知れないが、長期的には安全保障コスト、外交コストを引き下げることになる。でも今のアメリカにはそれができない。他国を恫喝して、外交的な危機を煽ったほうが有権者は喜ぶし、兵器産業は儲かる。トランプが今もアメリカ国民の相当数から支持されているということは、アメリカ人でも“サル化”が進行しているということだと思う。



フェイクニュース に騙された経験





5.嘘や暴言の蔓延について
暴言を吐く人は昔からいた。でも、そういう「下品な人間」はあまり人前には出てこられなかった。「そういうことは人前で言うのではない」という常識の抑制がかかっていたし、人前で下品なふるまいをする人間にはそれなりのペナルティが科された。でも今はネットを通して匿名で発信できる。実社会で、固有名で発信した場合には相応の社会的制裁を覚悟しなければならないことでも、匿名でなら、責任をとるリスクなしにいくらでも下品になることができる。だから、これまで抑制されていた下品さが噴出してきた。下品な人間の比率そのものは時代によって変わらない。別に日本人が全体として下品になったわけじゃなくて、これまで隠れていた下品な人間が可視化されただけである。
 

6.デモクラシーについて
哲学者のオルテガ・イ・ガセットが言うとおり、「敵と共に共生する、反対者とともに統治する」というのがデモクラシーである。だから公人たる者は反対者たちの意向も代弁して集団の利益を代表するのが仕事であって、自分の支持者の利益を代表するわけではない。それがいまや、デモクラシーというのは多数決のことだというシンプルな理解が支配的になった。選挙結果が51対49だったら、敗けた49についてはまったく配慮する必要がないと公言するような人物が首長になったり議員になったりしている。彼らは自分が公人であるという自覚がない。自分の支持者を代表しているだけなら、「権力を持った私人」でしかない。

デモクラシーの原点に立つなら、公人たる者は、自分の個人的な思いは
痩せ我慢してでも抑制して、異論と対話して、反対者と共生する作法を学ばなければいけない。本書にも書いた「気まずい共生」は、さっぱり楽しくない。
合意形成にもやたら時間がかかる。でも、それがデモクラシーのコストである。デモクラシーのコストを引き受ける気がないなら、独裁制か無秩序か、どちらかを選ぶしかない。