■製造業編B
 鋳物の持つ特性が料理をおいしくする
調理で使うフライパンが、これほど世の中の話題をさらったのは珍しい。
「焦げない、こびりつかない、はやい」等々、おいしく焼き上げ、炒めることができるというわけで、現在でも注文してから品物が届くまで約1年もかかるという。
誰がネーミングしたのか不明だが「魔法のフライパン」ともいわれる所以である。
これを製造しているのは、典型的な中小企業である錦見鋳造(三重県木曽岬町、錦見泰郎社長)。社名からもわかるように以前は機械、電機メーカーの下請けとして鋳造部品を納めていたが、バブル経済崩壊の影響を受けて注文が激減した。
これでは立ち行かないと、「脱下請け」目指して鋳造部品を活用したフライパンの開発に専念し始めた。それは鉄に含まれている炭素の成分比率などを工夫することで、全く新しい、おいしく調理できるフライパンを完成させようというものだった。
製品化するまで10年という年月を費やした。開発上のテーマは鋳物の薄肉化で、4〜5mmだった従来の肉厚を、3分の1の1.5mmまで薄くしようという挑戦だ。
開発費は数千万円かかったが、まずは肉厚2mmのフライパンを完成させて一般に売り出した。

たちまちテレビなどで話題になり爆発的に売れた。だが決定的な欠点があった。重さが1200gもあるため、女性やお年寄りに使いづらく、リピートオーダーが止まってしまった。このため製造方法を改良して2001年に肉厚1.5mm、重さ980gの超薄肉フライパンを完成した。
さらに02年に裏底面に補強リブを施し電磁調理器でも使えるようにした。この超薄肉フライパンは「魔法のフライパン」として多くのマスコミに紹介され、今も売れ続けている。これは鋳物材料に含まれる炭素の遠赤外線効果で表面が均等に熱くなり、食材のうま味を逃さないほか、使えば使うほど油が鉄と炭の隙間に浸透し、表面に皮膜を作るため焦げ付きにくいという特質をもっていることが理由だ。しかも生産は現在も手作り。

それにしても「鋳物の持つ特性が料理をおいしくする」ということを見出した錦見社長の慧眼と粘り強い研究開発には頭が下がるばかりだ。これも同社長の「鋳物」に対する愛着があればこそだろう。