■実体経済とマネー経済

 最近、トマ・ピケティーの「21世紀の資本論」が、経済学書籍では珍しく、世界的に100万部を超えるほど売れており、日本でも13万部を超える売れ行きになっているようである。
私は書籍を読んでいないが、ウェブ等でこの著書に関して調べ要約してみた。

 長期的にみると、資本収益率(r)は経済成長率(g)よりも更に大きくなっていく。その結果として富の集中が起こるため、資本から得られる収益率が経済成長率を上回れば上回るほど、それだけ富は資本家へ蓄積される。そして、富が公平に分配されないことによって、社会や経済が不安定となるということを主題としている。そして、この格差を是正するために、「累進課税の富裕税」を世界的に遍く導入することを提案している。
いいかえると、「このまま推移していくと富の一極集中が加速され、人間社会がごく一部の超富裕層と大多数の貧民層に2極化し、富の再配分機能が社会基盤として存在しない限り、不安定社会となってしまう。」ということになる。
テロ組織「ISIL(イスラム国)」に引き寄せられる世界各国の若者が急増していることも、社会不安定が顕在化している現象だといえるのかもしれない。







 異なる視点から見てみたい。
ピケティーがいいたいことは、前回取り上げた経済学者・宇沢弘文氏が唱えている「社会的共通資本を利益追求の対象にしてはならない、誰のものでもない、みんなのものである。」と述べていることに相通じるものを感じる。
社会的共通資本とは医療や教育、自然など人が人間らしく生きるために欠かせないものをいう。(私は国際通貨もそれに含まれるのではないかと思っている。)これらは市場競争に任せず、人々が共同で守る財産にし、その基盤を確保した上で、企業などによる市場競争があるべきである。
イメージでいうと、ピケティーのいう「資本収益率と経済成長率」の関係が、宇沢のいう「マネー経済と実体経済」の関係にあるように思う。
物々交換から貨幣経済(金本位制)へ、そしてニクソン・ショックで金本位制が崩れてお金が独り歩きするようになり、お金が商品として取り扱われるようになり、誰もコントロールできないバーチャルマネーとして巨大化してしまった。結果として、国民総中流意識を持っていた日本ですら、格差の拡大が急激に進む結果となっている。
 
 実体経済とは、私たちが普段の日常生活で、「物を買ったり、サービスを受けたりするときに行うお金のやりとり」のこと。目に見える形で物やサービスとお金の交換が行われているのが実物経済の特徴、GDP(国内総生産)、貿易収支、消費者物価指数(CPI)などは、実物の経済活動の結果である。
マネー経済とは、生活のためにお金を使うのではなく、「お金をふやすことを目的に、お金を商品とみなして売り買いするときのお金のやりとり」のこと。株式などの金融商品や不動産などに投資する行為は、マネー経済である。
1980年代まではお金のやりとりの大部分が実物経済のもの(実物経済:マネー経済=9:1)だったが、現在ではこれらの関係は大逆転し、マネー経済が世界のお金の流れの9割以上を占めてると言われている。

 人間は「より多くの人々が幸せになる社会づくり」を目指したつもりが、効率至上主義や金融至上主義が行き過ぎてしまい、いつの間にか「より多くの人々が不幸せになる社会づくり」に向かっているように感じるのは、私だけではないように思う。
今までとは異なる「人間らしく生きることのできる社会づくり」を目指して、新たな社会づくりが必要となっているが、今から50年くらいかけてニュー・パラダイムシフトが新たな社会構築に向かって進んでいくことに期待したい。