■ 時代の変化と社会人材教育B
  
  バブル崩壊により低成長、モノ余りの時代を迎え、企業間競争が激しくなるに従い、企業の人材ニーズは
 「現状維持と改善」のできる人材ではなく、自分で考え、自分で切り開く「現状を否定し革新」を行うチャレ
 ンジ精神の豊かな人材が求められることとなり、雇用需給のミスマッチ現象が発生してしまっている。
 一方では「厳しい経営を強いられる企業」と「一般社会と遊離した職業観の乏しい若者」の相乗作用により、
 歪な厳しさのある社会に適応できないフリーター、ニートを大量に生み出してきた。逆に今からの社会を
 作っていく人材が、現在のフリーターやニートから生じるようなこともいわれている。
 このような時代に必要な人材は、同質集団の人材ではなく、それぞれ異なる個性的・
 自立的人材であり、再度原点に戻って、今まで疎かにされてきた「心の教育」が求められる
 ようになっているのであろう。
  教育とは「教える」と「育てる」で成り立っており、与える教育と考えさせる教育いずれも
 個性に応じた対応が必要で、ワンパターンで片付けるものではないように思う。
 「教える」ことでも、教えすぎるといつの間にか自分で考えることをしない指示待ち族を
 作ることになる。「育てる」ことについても、「育つのをサポートする」ことで、「自ら考え、
 気付き、身に付けること」を手伝うことが大切で、指導というスタンスではなく支援という
 スタンスが必要である。  
  私の好きな言葉に、山本五十六の「目に見せて、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は
 動かじ」という素晴らしい言葉があるが、これも指導的なニュアンスが強いために、今からはこれに支援的
 な要素を加える必要があるかもしれない。上司はいいところを伸ばし個性を活かすようなバックアップを
 行い、部下は伸びたことに自信を持ち、自ら不足部を補う意欲(セルフモチベーション)が高まり、更なる
 成長を求める。それに向けて背中を押してやるというようなイメージではないだろうか。
 今からの時代は「ティーチングからコーチングへ」の時代ではないかと思う。
   教育の将来のあり方に関するNHKニュースが放映され、いくつかの素晴らしい取り
 組みを行っている学校教育の事例が紹介されていた。人間探求科や自然探求科を設置し、
 生徒が各種専門研究を自主的に企画・研究することを通して、難関国立大学への進学ゼロ
 から100名以上になった京都の堀川高校をはじめ、それぞれ個性を持った方針の下で
 学校教育が行われていることに、感銘を受けた。集団生活、集団活動、年長者との交流
 などによる「人間関係づくり」や、自主学習、生活直結学習、自由研究などによる「当事者
 意識による学習」などがキーとしてあるように感じた。そして「人とのふれあいが教育の基礎」
 「思いやりや尊敬の念は、人とのふれあいの中で醸成されるもの」との言葉を思い出した。
    堀川高校のURLを紹介するので、興味のある方は覗いてみてください。
    http://www.edu.city.kyoto.jp/hp/horikawa/
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82%E7%AB%8
    B%E5%A0%80%E5%B7%9D%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1